エコロジー研究会
森林行政を考える
大阪府環境農林水産部 みどり・都市環境室
自然みどり課 参事  勝又 章 氏
エコロジー研究会(H20.8.27)より

■私たちを取り巻く状況

 我々は今、環境の危機に直面しています。地球温暖化、酸性雨、オゾン層の破壊、砂漠化、野生生物の絶滅など、様々な問題を抱えています。
 世界の年平均気温は、この100年間で0.74℃上昇しているというデータがあります。ただ、ここ数年は上昇する割合がさらに上がっていると考えられます。
 地球温暖化の影響は、世界各地に見られます。北極海の夏季の氷はだんだんと減ってきています。ヒマラヤの氷河やキリマンジャロの雪も同様です。
 ツバルの浸水も有名です。海洋水面はここ100年で17cmほど上がったと言われています。もう一つの問題として、CO2を吸収している結果、海洋が酸性化しているのではないかとも言われています。
 このように、一目見て分かるような影響が地球全体で進行しています。

 原因は、まさにエネルギーの消費に伴う二酸化炭素です。大量生産・大量消費・大量廃棄を前提とした社会経済システムやライフスタイルです。よく言われることですが、全ての人が被害者であると同時に加害者でもあるということです。
 大気中の二酸化炭素は増加しています。産業革命前は280ppmでしたが、その後急激に増加し、現在は379ppmになっています。
 温室効果ガスの濃度を安定させるためには、排出量を吸収量まで減らさなければなりません。人為排出量6.3Gt/年に対して、吸収量は3.1Gt/年しかありません。毎年3.2Gt増加しているんです。排出速度と吸収速度を踏まえて、蛇口を絞る必要があるということです。

 温暖化の問題と同様に大きな問題として、生物多様性の問題がございます。
 2005年に国連で、ミレニアム生態系評価という地球規模の生態系に関する総合的評価がなされています。この中では、漁獲、木質燃料、遺伝資源、淡水、災害制御などの生態系サービスが劣化していると示されています。
 日本では、今年5月に生物多様性基本法ができました。しかし、(1)開発や乱獲による種の減少・絶滅、生息・生育地の減少、(2)里地里山などの手入れ不足による自然の質の変化、(3)外来種などによる生態系のかく乱といった、3つの危機が依然として進行しています。さらに、先ほど挙げたような地球温暖化による影響も無視できなくなっています。絶滅危惧種は、この10年間で2,694種から3,155種と、およそ1.2倍になりました。


■私たちの大阪では

 私たちの住んでいる大阪でも、様々な影響が出ています。
 ここ100年の全国平均気温と大阪の平均気温を比較すると、全国平均ではおよそ1℃、大阪ではおよそ2℃上昇しています。上昇の度合いに差があるのは、ヒートアイランドによる影響だと言われています。温暖化による上昇は、全国平均のおよそ1℃だと考えられます。
 1979〜81年と1999〜2001年の大阪の気温分布を比較してみました。15時の気温分布を見ると、現在は枚方などの内陸部でもかなり広い範囲で気温が高くなっています。海岸部で気温が低いのは、海風の影響です。次に3時の気温分布を見ると、20年前は放射冷却によって、都心部を除いてほぼ一定の気温になっていました。ところが現在は、大阪市から堺市にかけて、夜間でもかなり高い気温のままになっています。
 ランドサット(人工衛星)により撮影された地表面温度を見ても、1985年に比べて2000年は温度の高いところが大幅に増えています。自然地盤がなくなって舗装されている部分が増えると、地表面温度が上がります。ここ15年間で、かなり市街地化が進んでいることが分かります。
 最低気温が25℃以上の熱帯夜の日数を見ると、ここ30年間で約2倍になっています。名古屋、東京、横浜と比較しても、大阪は多くなっています。
 これらの原因としては、ヒートアイランドのほかにCO2の排出が挙げられます。
 基準年となる1990年には、大阪府で5,800万tの温室効果ガスが排出されていました。そのうちCO2が5,200万t、それ以外はフロン等の温室効果ガスです。
 現況として2002年度の排出量を挙げますと、フロン対策が進み排出量が減ったため、全体としては5,600万tに減っています。ところがCO2だけを見ると、5,400万tに増えています。
 このままCO2の排出量が増えていくとすると、2010年にはCO2だけで5,800万t近く、全体では6,000万t近くになるのではないかと予想されます。
 このままではいけないので、なんとか対策をして、基準年から9%削減したいと施策を進めております。そのためには、森林による吸収量を増やすことと、排出量を減らすことが課題となっています。

 生物多様性の問題としては、平成12年度の大阪府のレッドデータブックを見ると、ほ乳類で42%、は虫類で45%、両生類で61%、淡水魚類で42%が絶滅危惧種と、かなり高い数値を示しています。生き物の生育状況がかなり悪いということが分かります。
 絶滅危惧種が集中している場所(ホットスポット)は、水源や山間部です。そこに残っている生態系をどう守っていくかというのも、一つの課題です。
 アライグマの捕獲数は、平成13年から19年にかけて、特に森林の多いところでどんどん増えています。アライグマは外来種です。人間が飼っていて、逃げたり放したりしたものが、森林の多いところで増えたということです。このような特定外来種が、森林の自然や生態系を壊してしまっています。


■大阪府の森林の現状

 森林は、炭素を吸収する、生態系を守る、気化熱が発生して気温を下げるなど、都市においても大きな役割を果たしています。

 大阪府では、府県境に沿って、北から北摂、金剛生駒、和泉葛城の三山系が、大阪平野を取り巻く扇のような形で分布しています。府域の約3割、51,000haが森林です。
 大阪の地図を逆さまにして、東京の地図を重ね合わせ、大阪駅と東京駅を重ねると、生駒山系は東京でいうと23区内になります。都心部にかなり近いところに山があるということです。
 他の県では国有林がかなり多く、東北では半分以上が国有林です。ところが大阪では、51,000haのうち98%が民有林で、その9割は私有林です。さらに、相続によってかなり分散化された森林所有になっています。
 人口一人当たりの森林面積は、全国平均が1,930uに対して、大阪では64uです。逆に見ますと、森林1haが保養している人口は156人です。東京は162人、全国平均は5人で、高知に至っては1人ですから、森林に対する人間の圧力がかなり高いといえます。

 2001年に日本学術会議で、森林機能の定量的評価がなされました。森林には、表面浸食防止機能、洪水緩和機能、水資源貯留機能、水質浄化機能、二酸化炭素吸収機能などの様々な機能があり、大阪府では1,658億円の評価があります。
 しかしながら、昭和45年から平成17年の林野面積の推移を見てみますと、約8,000haの森林が減少しています。特に平野部で緑の面積が少なくなっており、天保山などの自然公園の形でなんとか残されているところもあります。

 このような面積の減少だけではなく、質的な低下も進行しています。
 間伐が遅れることによって、土壌が流れるなどの色々な問題が起こっていますし、人が入らないことによって、里山林が藪状化して葛などが繁茂してしまっています。また、竹林が拡大して他の森林を圧死させてしまうということもあります。
 なぜこのようなことが起こるかというと、経済活動としての林業が限界を迎えているからです。国産材の価格が低迷していますし、担い手の高齢化と減少で山に入る人もいなくなっています。とりわけ大阪の場合は、相続で山が細分化されて、自分の山がどこにあるのかさえも知らない所有者が出てきています。また、昔は炭などの原料として里山を利用していましたが、そのような森林と人との係わりも希薄化しています。


■森林行政を考える

 このような中で、森林行政を考えるにあたって、まず森林関係法の沿革をまとめました。
 法律ができた背景として、森林の荒廃が経済活動に影響を与えたということがあります。
 天保2年に御救大浚(おすくいおおざらえ)といって、港を開くために淀川の河口の砂を浚いました。このときにできたのが天保山です。それだけ河川に対して山から砂の供給があったんです。
 明治5年には大阪港を築港するために、オランダ人技師のドールンが呼ばれました。ところが木津川水系の天神川を視察した結果、大阪湾の砂の処理だけではとても無理だということで、土砂流出防止の抜本的計画を建白しました。天神川の水源となる山がかなり荒れていて、山からの砂で築港が困難な状況でした。
 このような流れの中で、明治6年に淀川水源砂防法ができました。瀬田川、木津川、淀川の水系に砂防工を施行しております。続いて明治29年に砂防法、明治30年に森林法が制定されました。

 明治30年の第一次森林法は、森林以外のものにしてはいけないという保安林制度や、森林資源政策の推進、盗伐の厳罰化など、監督取締法規的性格のものとして制定されました。
 戦後、昭和39年に林業基本法ができました。それまでは山の伐採を防ぐことが主な目的だったんですが、林業基本法で初めて、経済政策としての林業政策の推進がうたわれました。林業政策を推進することによって、森林資源政策への貢献をしようという考え方になっております。
 森林法は昭和49年に一部改正されました。この頃は万博以後の開発が広がった時代で、開発行為の許可制が導入されました。
 ところが経済政策としての林業政策がなかなか進まなかったため、むしろ森林の有する機能をうまく発揮していこうということで、平成13年に森林・林業基本法ができました。森林の有する多面的機能の発揮、林業の持続的かつ健全な発展がうたわれています。

 昭和初期〜戦後の阪南では、山がはげたようになっていました。
 戦後は木材の需要がかなりありましたので、山を復旧するのは単に防災のためというよりも、経済的な理由からでした。山の投稿線沿いに石積みを置いて、その上に土を入れて木を植えていきます。大阪では杉やヒノキはなかなか育ちにくいので、アカマツが植えられました。昭和48年には松くい虫が流行り、ほとんど全滅してしまうということもありました。
 このような林業政策で、何とか荒れた山を復旧しようとしてきました。

 大阪府では、昭和59年に農林漁業振興ビジョンを策定しました。新たな試みとして、産業振興のみならず、森林や農地などの自然資源を有効に活用しようという視点でつくられました。
 平成4年には、農林水産業振興ビジョンを策定しました。このときに初めて、供給者側の視点だけではなく需要者側の視点も重視して概念を構築しようということで、「食」と「みどり」という言葉が使われました。「食」で消費者の視点を入れ、平仮名の「みどり」で生命を表そうということです。生産がもたらす経済機能とともに、自然資源が有する公益的機能を重視し、生産・所得・雇用だけではなく、自然資源の保護や公益的機能の回復も合わせた施策をしていこうという方向性に切り替えました。このビジョンは平成14年に見直しをしています。


■森林の減少

 しかしながら、このような施策にも関わらず、森林はどんどん減少しています。
 先ほど申し上げたように、昔は自然林を切るだけでしたが、最近は人工林を切って、切ったらまた植えています。ですから林業と造林はセットになっているんですね。
 ところが造林実績を見ると、平成16年には50haを切っています。
 全国的にも、このような造林未済地が問題になっています。木を切って利用した後、新たな木を植えても儲かりませんので、そのままで放ってある土地が増えています。

 また、国土利用計画法に則って、国から土地利用基本的計画が出されています。昔でいう通達、今でいう参考という形です。
 その中では、市街化区域外の都市区域(大阪はほとんどがこれに当てはまります)と、特別な規制がされた保安林以外の森林地域が重なる場合、基本的には都市的な利用を認めるとされています。
 従って国土利用計画法に則ると、なぜ森林を残さなければならないのか、という話になってしまうんです。そのため、平成元年から平成19年までに、民間が許可を受けて行う林地開発による森林減少が約1,000haである一方、連絡調整(府県や国が公共事業として住宅開発をしたり道をつくったりするもの)による森林減少が2倍の2,000haという状況になっています。
 先ほどお話しした阪南の復旧地も、平成8年にはほとんど森林が回復していますが、周辺は大部分が住宅開発されてしまっています。
 森林を守ろうと言いながら、一方では都市的な利用を認めているという状況の中で、森林の減少も進んでいます。


■これからの森林行政

 今までの森林行政は、経済的活動を通じて森林を良くし、森林の公益的機能を発揮しようという予定調和論でしたが、これがすでに崩壊しています。
 一方で、地球温暖化防止、ヒートアイランドの緩和、そして生物多様性の維持といった、森林機能の多様性への期待はかなり高まっています。しかしそれにも関わらず、森林の量的、質的な低下が進行しています。

 このような中で、森林そのものを社会的財産として認識するべきではないかと考えています。
 また森林を所有するということは、所有者の社会的責任も発生するということです。森林をもった以上は、所有者として責任をもって管理していかなければなりません。
 市民の皆さんが森林を活用しながら、社会的財産としてみんなで管理していこうという考え方をもたない限り、なかなか森林は残らないのではと考えています。

 今後の森林行政の方針は、次の通りです。
 まず社会システムの面では、森林所有者による管理から、多様な主体の参画による森林管理が実現できないだろうかと考えています。
 また森林機能の面では、経済林や国土保全、レクリエーションに加えて、温暖化対策や生物多様性も考えて、早急に管理しなければなりません。経済林という観点を全く除外すると、なかなか森林を維持できないでしょうから、経済的要素も入れながら、色んな機能を発揮する森林を考えていく必要があると思います。

 これらの考え方をふまえて、大阪府では、平成19年に放置森林対策行動計画を策定しました。
 目指す森林の姿を「水を育み災害を防ぐ森」「生物多様性の森」「地球温暖化防止に貢献する森」として、平成19年度から29年度の10年間を目標に、何とか今の森を立て直せないかと考えております。「未来へ引き継ごう 生命育む大阪の山」をキャッチコピーに、生命の基盤としての森林を守っていきたいという思いで策定しました。

 行動計画では、基本施策として3つの柱を立てています。
 1つ目は地域指定型対策です。まずは災害の危険度が高い地域、放置森林の多い地域など、重要度の高いところを地域指定して、地域としてみんなで取り組もうということです。
 2つ目はキャラバン型対策です。「府民みんなで大掃除」ということで、放置森林を登録し、府民一人ひとりの方に山に入って戴く中で、山を良くしようという取り組みです。企業やボランティア、市民団体の協力を得ながら森林を守っていこうと考えています。
 3つ目に、放置森林発生防止対策です。山そのものだけにお金をかけるのではなく、森林所有者の経営意欲を醸成するために、木材利用を一層拡大しようとしています。使われることによって山は良くなるということです。

 地域指定型対策としては、平成19年度に20か所の候補地調査を実施し、平成20年度に8か所を森林機能再生重点地域に指定しました。地域ごとに森林整備方針を立て、地域の方々と話をしながら取り組みを開始したところです。新たに20か所の候補地調査もしています。
 キャラバン型対策としては、ザ・パックさんなどの協力を得て「森の貯金箱CO2」という制度を考案し、生駒の森運営協議会を立ち上げました。植林や間伐などの活動に参加して戴いた方に「貯金通帳」をお渡しし、活動内容に応じたCO2を貯金して貰います。貯まったCO2に応じて、参加企業さんから提供して戴いた色々な賞品と交換できます。平成19年度には191冊の通帳を発行し、25,000kgのCO2が貯まりました。
 放置森林発生防止対策としては、昨年「大阪府木材利用クラブ」を立ち上げました。木材製品を登録し、その製品でCO2が何トン固定されているかを公表して、買って戴いた方に、「木づかいCO2認定証」を交付しています。木材を使うことによって、山も活性化しますし、CO2も固定されるという活動です。

 山は今でもなかなか機械化が進みませんので、やはり人力に頼るしかありません。山をうまく活用し、保ち続けるために、皆様の協力も得ていきたいと思います。