エコロジー研究会
「ぎょしょく」で食育推進
−地域に根ざすことの意味−
愛媛大学 南予水産研究センター・農学部 教授
若林 良和 氏
エコロジー研究会(H20.8.27)より

■はじめに

 突然ですが、この2匹のタイの写真を見てください。一方が天然ダイ、もう一方が養殖ダイなんですが、どうでしょうか? 皆さん、区別できますか?
 はい、上の白っぽいほうが天然ダイです。下のタイは色が濃くなって日焼けをしていますので、養殖ダイです。釣りをされる方はお分かりかもしれませんが、タイは普通、海底30m以上の深いところに生息していますから、白いんですね。養殖ダイのいる生簀は浅い場合が多く、タイに太陽があたり日焼けするわけです。今日、お集まりの皆さん、ご存知でしたか?

 さて、今日は、水産業と、今、重要視されている食育についてお話しします。最初に話したタイのことですが、実は、これも「ぎょしょく」という食育の学習の一環です。「ぎょしょく」と、私は平仮名で表現しています。これは大変、意味のあることなんです。普通、「ぎょしょく」といえば、魚を食べるという「魚食」を思い浮かべるでしょう。私のいう「ぎょしょく」はそれだけではないのです。あとで、きちんと説明しますが、魚に関する様々な学習、食育のことです。今日は、その点を中心にお話しさせて戴こうと思います。


■食育の推進

 まず、食育全般のことをお話しましょう。近年、食育が話題になり、非常に活発になってきましたね。皆さんも、最近、食育という言葉をよく聞かれると思います。
 食育推進の背景はいろんなことがありますが、現代人は、食に関する理解や判断力が非常に低下していると言われ、栄養の偏りも進み、さらに、生活習慣病の増加、食料自給率の低下などの状況にあり、食育の重要性や多様性が高くなっています。

 こうしたことは、実際のデータでも明らかです。6〜14歳の若年層の肥満は増加しています。食料自給率の低下はメディアでも多く取り上げられていますが、最近は若干、その低下が鈍化してきました。諸外国では、健康ブームなども手伝って、魚を食べることが爆発的に広がっており、日本に魚が入ってこなくなった現象もあります。
 それから、農水省のデータでも、食生活の変化は、はっきりしています。たとえば、昭和35年ごろは米や魚が中心で、畜産物、油脂類をあまり食べませんでした。しかし、現在は米や魚が減って、その分、畜産物や油脂類が増えています。つまり、食の欧米化が進んでいるのです。昭和50年代に「日本型食生活」が提唱されましたが、食の欧米化は着実に加速して現在に至っています。皆さんの食生活は、どうでしょうか?

 家庭を中心に食生活の変化を考えた場合、まず、朝食の欠食率が高いこと、一人で夕食をとる孤食など、行動の変化が非常に顕著です。さらに、食の多様化や欧米化など、内容も質的に変化しています。そして、肥満、やせ志向、メタボなど、健康に対する認識の変化があります。また、食物へのアクセス、つまり、生産と消費の乖離という環境の変化があります。それで、最近のスーパーでは、「生産者の顔が見える商品」がもてはやされるようになりました。
 したがって、現代社会においては、食のことをきちんと考えて実行する機会をつくっていく必要が生まれてきているのです。

 さて、その食育とは何かということです。食育基本法の前文によると、食育とは、知育、徳育、体育の基盤となるものです。より具体的には、様々な体験を通じて「食」に関する知識とそれを選択する力を習得し、健全な食生活を実践できる人間を育てることです。ただ、何でもって健全とするかいうことも問題ですが。

 なお、食育という言葉は、今から100年あまり前に、福井県出身の石塚左玄という陸軍の薬剤監が最初に使ったとされます。また同じ時期に、ジャーナリストで小説家の村井弦斎も使用しています。現在、使われている食育の考えに、ほぼ沿ったものです。食育という言葉そのものは結構、古いわけですね。


■ぎょしょく教育の発想

 私は、食育のなかでも、水産分野の食育に注目して取り組んでいます。それで、総合的な水産版の食育が「ぎょしょく教育」なんです。
 このことを考えた背景には、まず、水産物でも輸入が増大して、食料自給率が低下しています。ただし、先ほども言ったとおり、最近の比率は少し鈍化しています。それから、水産物の流通は今日、さらに複雑化しています。いわゆる、市場外流通が増大しており、生産と消費の乖離は進んでいます。顔の見える商品など、食の安心・安全が重要になっています。農産物に限らず、水産物についても、最近では、JFしまねと大手スーパーが提携して、生産と消費の乖離を是正する取り組みも始まっています。

 それから、食生活の変化としては、やはり魚離れが進んでいます。特に、若い世代の魚離は明白で、抜本的な対策が必要になっています。
 魚離れの現状を統計的にみると、魚介類の摂取量としては、やはり若い人は肉を多く食べ、年配者ほど多くの魚を食べています。また、その購入量の世代間格差、つまり、29歳以下と60歳以上の差は、1980年は1.6倍だったのが、2005年に3.8倍と拡大しています。このように、若者の魚離れは明らかに進んでいるわけです。

 若者の魚離れが進んでいる理由は何かというと、まず、親側の理由としては、調理が面倒くさいこと、価格が割高だということがあげられます。魚の可食部分は、だいたい40%くらいのようです。
 それから、子ども側の理由として、魚を敬遠する傾向にあります。家庭のなかで誰が魚を嫌いかという調査では、その多くが子どもたちなんです。それに、学校給食で嫌いなメニューでは、魚は、いつもワースト5に入っているようです。
 このような子どもの魚離れの現状を是正するために、私は「ぎょしょく教育」をやっていく必要があると思ったわけです。


■「ぎょしょく教育」とは

 ぎょしょく教育の視点として、3つのポイントがあります。第1に、それぞれ地域の特性を活かすこと、第2に、漁と食、つまり、生産と消費を再接近させて、顔の見える関係を創っていくことです。
 それから、第3に、従来の食育と言うと、健康福祉というイメージが強く、栄養学や家政学など自然科学が先行しているですが、それに加えて、社会学や経済学などの社会科学のアプローチを取り入れていくことです。私の専門は社会学なんですが、地域とのつながり、地域連携を考えたり、また、フードシステムという言葉を最近、よく耳にするようになりましたが、魚に関する生産から加工、流通、消費までをトータルに考えたりして、「ぎょしょく教育」を進めています。

 私は平仮名で「ぎょしょく」と書くところに非常に大きな意味を持たせています。先ほど申し上げたフードシステムを念頭に置いて、魚の生産から消費、さらには文化までトータルに学べるプログラムにしようということで、6つの「ぎょしょく」を設定しました。では、順番に説明しましよう。
 第1に、魚のさばき方の実習も含め、調理実習や魚に触れる体験学習で、「魚触」です。
 第2に、魚の種類や栄養など、水産科学や栄養科学などの知見を学ぶ「魚色」です。
 第3、第4の「ぎょしょく」として、魚の生産や流通の現場を知る学習がありますね。「とる漁業」という漁船漁業を知る第3の「魚職」と、「育てる漁業」養殖業を知る第4の「魚殖」です。
 さらに、第5に、飾り魚などの伝統的な魚文化を学ぶ「魚飾」で、郷土料理や伝統食があります。
 そして、最後に、第6の「魚食」で、地元で水揚げされた魚を用いて試食するもので、魚の味を知る学習です。これは、地域で獲れた魚を地域で食べるという地産地消につながります。
 以上のとおり、「魚触」から「魚食」まで一連の過程で、魚を精緻で体系的にとらえる学習が「ぎょしょく教育」なんです。


■「ぎょしょく教育」の実例

 では、ここで、「ぎょしょく教育」の実践例をクイズ形式で紹介したいと思います。これから披露するのは、実際に授業のうち、座学でやる講義で活用しているものです。皆さん、魚の知識を確かめてください。

 まず、第1問です。これは小学校の給食室の前によく貼ってある『給食ニュース』です。この号では、私が監修しました。「ちくわ、カツオ節、のり、ツナ、きくらげの中で、原料が水産物でないのはどれか」というクイズです。学校給食の食材が、もともと何からできているのかを理解して貰う企画です。大人の皆さんにとっては簡単ですよね。話が脱線しますが、私の専門は水産社会学で、主にカツオ漁業の研究をしています。いわゆる、ツナ缶にカツオが入っているのは、ご存知でしょうか。ツナはマグロやカツオの総称でもあり、キハダマグロやカツオなどが原材料です。

 第2問。これらは魚へんの漢字です。お寿司屋さんの湯呑にも書かれていますね。鮪は、まぐろ。鯖は、さば。鰹は、かつお。鰤は、ぶり。鰯は、いわし。鯵は、あじ。鱗は、ひっかけ問題で、うろこ。鰈は、少し難しいですが、かれい。鯛は、たいですね。全問正解の子どもは、小学校5〜6年生の場合、50人に1人ぐらいでしょうか。これらの漢字の右側の部分で、その魚の特徴や性格を表しています。例えば、鰯は、うろこがはがれやすく、はがれると、すぐに弱くなって死んでしまいます。これは、先ほど述べた「ぎょしょく」のうち、「魚色」と「魚飾」の学習にあたるわけです。

 第3問は、非常にローカルな質問で、愛媛県の県魚は、どれかというものです。答えはタイです。愛媛県はタイ生産量が日本一なんで、県魚になっています。

 第4問です。惣菜やフィッシュバーガーに使われている魚は、どんなものでしょうか。最近は、回転寿司などでも色々な種類の魚を使われているようですが、惣菜やバーガーによく使われるのはホキという深海魚なんです。皆さん、驚かれたようですね。

 どうでしょうか。できるだけ、身近な事柄から、魚のことを学習していくほうが理解しやすいですね。食育は子どもたちの目線で取り組んでいく必要があると思っています。


■「ぎょしょく教育」の実践と展開

 先ほどのクイズは、講義の内容ですが、講義〜調理〜試食を授業内容とする「ぎょしょく教育」は愛媛県最南端の愛南町で実践しております。
 この授業では、子どもたちにとって、魚に触ることに大きなインパクトがありました。つまり、「魚触」が彼らの生活のなかで、いかに非日常的なものなのかが、よく分かりました。「初めて魚に触った」、「初めて魚を切った」とか、また、子どもたちはプロの調理人がマグロなど大型魚を捌くのを見て感動していました。その様子を写真で見ても、子どもたちが真剣な眼ざしで非常に生き生きとした表情なのがわかります。

 アンケート結果もみても、海に面して漁業の盛んな愛南町でも、子どもたちの魚に対する理解は限られていることがわかります。これが愛媛県内の都市部、例えば松山市になると、魚に対する理解はもっと低くなります。スーパーで販売している切り身の魚が泳いでいると勘違いしている子どももいたのです。魚を気持ち悪いとか、怖いとか思う子どもも結構、いるんですが、この授業を受けた結果、そういう子どもたちの多くが、また、調理実習をやってみたいと思うようになりました。こうしたことからも、食育は、やはり大切で、水産分野の食育も不可欠だと思います。

 それから、家庭で魚を調理するのは保護者ですから、「ぎょしょく教育」を実施する際には保護者も一緒に参加してもらうのが前提です。アンケート結果を見ても、魚の捌き方や調理法に対する関心が高まったといったプラスの回答がありました。それに、子どもが魚好きだということを知らなかった保護者が3割もあったのは驚きでした。それに、この授業を通して、家庭の食事で魚を増やしたいと感じる保護者が実に8割にものぼりました。ですから、こうした授業やイベントを継続してやっていく必要があると強く感じています。やはり、「継続は力なり」ということですね。


■地域の協力

 このような「ぎょしょく教育」を行っていくためには、地域の連携、協力と支援が不可欠です。これまで6つの「ぎょしょく」を紹介してきましたが、第7の「ぎょしょく」として、「ぎょしょく教育」に関する地域の支援組織、すなわち、「魚織」の必要性を実感しています。

 そのなかで、「ぎょしょく教育」を実践した愛南町では、その後、新たな展開がありました。例えば学校給食で、愛南町の、町の魚であるカツオを使ったメニューができました。これらは地産地消にもつながっています。それに、関連する組織として、以前は「魚食普及推進協議会」が「魚食」のみの考えだったんですが、「魚食」に限らず、「ぎょしょく」全体を推進しようということで、「ぎょしょく普及推進協議会」と名前が変わりました。この組織でも、産・学・官が連携して取り組める体勢になってきました。

 それから、「ぎょしょく教育」を町内外に広めていくために、「食育のイノベーション」としての仕掛けを考えて取り組んでいます。
 単なるイベントだけでなく、いろんな場面で活動を広げていこうということで、子どもの目線で、子ども向に開発したのがカードゲーム「ぎょショック」です。
 私たちの視点だと、ついつい教え込むという姿勢になりがちですが、楽しみながら学ぶという発想が大事です。一歩引いて、子どもたちの目線に立つと、今、はやっているムシキングに代表されるカードゲームが効果的です。そこで、農水省の補助事業で、地域の水産に関する様々な事柄をカードにして理解を深められるようにしています。
 学校以外のところで、たとえば、家庭で、子ども同士で、また、親子で、楽しみながら学んでほしいという考えでつくりました。それで、子どもたちは、それをどんどん応用して、新しい遊び方を見つけるんですね。「好きこそものの上手なれ」ということを実感しますし、そうした能力が引き出せるような教育をしていきたいものです。
 そのほか、教える側向け、食育活動を担っている幼稚園や小学校の先生方などに対して、「ぎょしょく教育」のマニュアルも作りました。


■これからの「ぎょしょく教育」

 「百聞は一見にしかず」の諺のように、魚を触ったり調理したりするなど、身をもって体験することが重要だと思います。これからは、人間にそなわった五感に働きかける教育がポイントになりますね。
 それから、地域の水産業に対する理解を深めてもらうことが大切です。地産地消やフードマイレージなど、様々な考え方がありますが、食料安全保障の立場で考えても、今後、一定の範囲内で完結するフードシステムは不可欠です。そのためにも、地域に対する理解を深める教育はその原点ですね。
 さらに、「三つ子の魂百まで」の諺のとおり、幼児期からの「ぎょしょく教育」が重視されるべきですね。これは、先ほど申し上げた地域に対する理解、さらには、地域に対するアイデンティティ形成にも連動してきます。幼児期の食育は大切だと思います。

 このような「ぎょしょく教育」の活動を通じて、地域の協働化が進み、地域の活性化にもつながっていきます。
 こうした愛南町での取り組みは、2006年に農水省の「地域に根ざした食育コンクール」で優秀賞を受賞しました。授賞理由はいくつかありますが、産・学・官で連携、そして、地域住民との間で円滑な連携・協力があったことです。同じことを都市部でやろうとすると、なかなかうまくいかないんですね。いろんな制約があって、厳しい面もあるのは事実です。学校行事じゃなくて、PTA行事に展開するとか、工夫も必要です。いずれにせよ、第7の「ぎょしょく」である「魚織」、つまり、「ぎょしょく教育」に関する地域の協力・支援組織は本当に大事だと思います。

 また、今日のエコロジー研究会のテーマは「エコマネジメント戦略」ですが、それにちなんで、第8の「ぎょしょく」を想定し実践を試みています。それは「魚植」です。植は植林の意味です。例えば、昔から「魚つき林」があり、海の近くにあった常緑樹の森林は魚を育んでいます。森と海の関わりは深く、森からの栄養分が川から海へと流れ込むという山〜川〜海の生態系、この連鎖系を考慮して、漁業者と子どもたちが一緒になって植林するものです。海を守るための森林づくりとしては、宮城県気仙沼市での「森は海の恋人」運動が有名ですが、漁業者関係では、大阪府でも「なにわの森づくり」などがあります。この「魚植」についても、今年の3月から始めています。

 今日は水産業と食育のことについてお話してきましたが、このことは非常に幅広い見方と分野があり、いろいろなコラボレーションが可能だと思います。最近では、食育に熱心な企業も増えてきましたし、日本食育学会という研究者組織もできました。
 食育は私たちの生活に直結しますので、地域を意識しつつ、総合的に捉えることが重要だと実感しています。そして、「ぎょしょく教育」を切り口にして、食生活や水産業をめぐる様々な問題が明らかになるのではないかと思います。とりわけ、「ぎょしょく教育」は地域のことに理解を深め、考える契機になります。また、長い目で見れば、地域の活性化につながると思います。
 今日の話が、皆さんの日々の取り組みに、何がしかの着想のヒント、発想の転換の一助になればと幸いです。以上で、本日のお話を終わらせていただきます。ご清聴、ありがとうございました。