エコロジー研究会
環境マーケティングにおけるトップランナー方式の意味
〜グリーンコンシューマーの社会的背景との関係の中で〜
同志社大学経済学部教授 郡嶌 孝 氏 
エコロジー研究会 基調講演より


“グリーンコンシューマーはいなかった”
グリーンコンシューマー、いわゆる環境への感度が高い消費者が存在すると言われて久しい。彼らは一体どんな社会的背景を持った人たちなのか?ある調査結果によると、日本と外国でほぼ同様の特徴が表れたという(一部日本で異なる傾向があるものもある)。その特徴とは、次の5つである。@所得が高い人A専門職(弁護士、ニュースキャスター、政治家など)B学歴の高い人C女性(特に30〜40代。子育てを通して、命や食の問題への関心が高まる。)D年齢層(日本では年齢層が高いほど環境意識が高い。日本人古来の質素倹約型のライフスタイルが残っている世代)。この様なグリーンコンシューマーが存在するという背景のもと、彼らに環境にいいものを売っていこうというマーケティング論(環境マーケティング論)が展開されてきた。しかし現在、「グリーンコンシューマーはいない、いなかったのだ」というのが世界的に見て学会における定説になってきているという。それは一体どういうことなのか。
環境マーケットとは、品質・価格と環境の間でトレードオフが認められて初めて成り立つものである。つまり、「環境を守るためになら、少々品質が悪くても、少々高くても買う」という消費者の存在である。このような純粋な環境主義者は外国には比較的いるようで、例えばドイツでは10%がそうである。これに対し、日本ではわずか1%、多くても3%だと言われる。日本では「環境によくて、品質もよくて、値段も安い商品しか売れない」のが現実である。日本にいるのは、環境だけでなく品質と価格にもこだわる「欲張りな(greed)」コンシューマーと言える。
トレードオフが認められるかどうかは、経済状況によるところが大きい。景気がよいときは環境を守ることが主張されるが、景気が悪くなると経済性が優先される。つまり社会情勢によってグリーンコンシューマーは出てきたり消えたり(多くなったり少なくなったり)する。そして、グリーンコンシューマーの存在を左右する要素として環境情報のあり方がある。消費者は企業が出す情報を元に環境の情報を判断する。消費者も勉強して知識を得ていくので、企業の発信する情報が誤っていたりすると途端に失望する。企業と消費者の信頼関係の問題といえる。
このようなグリーンコンシューマーを相手に環境マーケティグを展開していくことは一筋縄ではいかないことだが、成功事例もある。トヨタのハイブリッドカー、プリウスである。

環境マーケット展開の成功事例:トヨタ「プリウス」
元々プリウスは、今後主流になるであろう燃料電池車を出すまでの繋ぎとして、環境への感度の高い人をターゲットに発売された(当初、やはり専門職の人を中心に買われた)。環境に対応することにより、一般的に商品の価格は高くついてしまう。プリウスの場合も、イニシャルコストは普通の車に比べて高い。しかし、従来に比べて燃費が改善されているのでランニングコストも含むライフサイクル全体でコストを見ると(TCP=total cost planning)高いわけではない。このエコロジーな車はエコノミーであるというセールスポイントは、「私はエコロジストではなくエコノミストだ」と経済学者に語らせるCMの中で効果的にアピールされた。
さて、プリウスは予想以上に売れた。そこで、次なるターゲットが想定された。女性である。女性にとって車の燃費がよいということは、単にコストメリットというだけでなく、ガソリンスタンドへ行かなくてもよい(幅寄せの恐怖を味わう頻度が減る)という別の大きなメリットでもある。この事実は、女性をターゲットとするうえで、効果的な訴求ポイントになった。
ところで、販売体制面でもプリウスは従来と異なる手法がとられた。販売促進費を値引きなどでなく、購入者との双方向コミュニケーションに利用しているのだ。購入者との手紙のやり取りの中で、貴重な情報が得られている。電気自動車は(充電しないといけないので)長距離には向かないという根強い誤解である。この点は、やはりその後のCMの中に反映されている。
このプリウスの事例にも見られるように、環境で商品を売ろうとすると、まず市場の特定のセグメントに対して訴えるという手法になる。最初から一般市場の中で売っていくことには難しさがあり、環境に対してお金を払ってもよいという高額所得者に対して、市場をつくっていかざるを得ないのである。

いかに差別化をはかるか
〜トップランナー方式という政策的介入〜
市場において、「環境(配慮)」を武器に競争をしようとすると、価格競争ではなく品質競争をしていくことになる。これは理論的には二極分解に至る。「品質がよく、環境によく、価格が高い市場」と「品質が悪く、環境によくなく、価格の低い市場」である。このように二極分解することは、環境を考える人たちと考えない人たちの市場に分かれるということでもある。エコマーク(環境ラベル)を商品に付けるということは、このような事態を引き起こすとも言えるので、本当にエコマークがいいのかどうかは、多少疑問もある。二極分解された状態は、消費者にとっても決してハッピーなことではない。二極化した市場を一極化していくこと、すなわち、品質競争を価格競争に変えていくことが重要になってくる。
そのためには、「品質がよくて高いもの」と「品質が悪くて安いもの」との間に、連続した一つの関係が見出されることが必要になる。この関係が一番見やすいものが家電や車である。節電や燃費のよさは、環境配慮や価格と比例するからだ。そこで、ある基準をベンチマークとし、それを満たさなければいけないという法律を制定するのである(いわゆる環境規制である)。企業は品質を上げようとする。品質を上げることによって、価格も上がってくる。その中で価格競争をさせるというのだ。いわゆるトップランナー方式である。トップランナー方式は家電や自動車においては効果的に機能しているが、それ以外の製品カテゴリーで適用できるかどうか、というのが難点でもある。
グリーンコンシューマーをめぐる議論は、彼らが自主的に環境にお金を払っていくことで企業もそれに答えて環境によい製品をつくり、環境に配慮した市場を作っていこうとする考え方だが、現実は何らかの政策的な介入(例えばトップランナー方式)があって初めて、環境によい製品が広がっていっているという戦略になっているといえる。
トップランナー方式は企業にとっては確かに過酷なものである。しかし、最初に取り組んだものが大勝するというのもその一面にある。トップランナー方式を決めた際の理論的背景や議論についての資料はほとんど残っていないが、こうして見てくると、トップランナー方式は環境を守るために明らかに意味のある一つの産業政策であることが言えるのではないだろうか。


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